大規模量子コンピュータ実現に向けた新たな一歩
量子コンピュータは、現代の計算能力をはるかに超える可能性を秘めており、その実用化に向けて世界中で様々な方式の研究が進められています。この度、富士通は、デルフト工科大学およびその傘下の世界有数の量子技術研究機関であるQuTechとの共同研究の成果として、大規模な量子コンピュータの実現に貢献すると期待されるダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプを開発しました。
ダイヤモンドスピン方式とは
ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータは、ダイヤモンド結晶中の特定の構造(カラーセンター)を量子ビットとして利用する方式です。この方式は、ダイヤモンドの特性により量子状態を安定的に保ちやすい「高いフィデリティ」(量子状態が理想に近い度合い)が特長です。これにより、超伝導方式などと比較して、より少ない物理量子ビットで論理量子ビットを構成できる可能性があります。
また、光を用いることで量子モジュールを高い自由度で接続できるため、優れた拡張性を持つモジュール型アーキテクチャによるシステム構築が期待されています。これは、将来的な量子コンピュータの大規模化において非常に重要な要素となります。
今回開発されたプロトタイプの特長
今回のプロトタイプは、以下の点で画期的な技術が盛り込まれています。
世界初のSnVセンター採用
従来、ダイヤモンドスピン方式では窒素-空孔(NV)センターが用いられることが一般的でした。しかし、本プロトタイプでは、スズ-空孔(SnV)センターを量子ビットとして用いる世界初の構成を採用しています。SnVセンターは高い対称性を持ち、NVセンターと比較して外部環境のノイズの影響を受けにくいという特長があります。これにより、非常に安定した高輝度なカラーセンターとして機能し、従来比約10倍相当の高輝度を実現しています。

超伝導方式より高い動作温度
このプロトタイプは、約-271.6℃という温度で動作できることが確認されました。これは、超伝導方式の量子コンピュータが典型的に約-273.13℃という極低温を必要とするのと比較して、より高い温度での動作が可能であることを示しています。
既存プラットフォームとの連携
開発されたプロトタイプは、富士通が提供するハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」経由で利用できることが実証されました。これにより、ユーザーは量子コンピュータの方式の違いを意識することなく、この先進的な技術を活用できるようになります。

開発を支える主要技術
本プロトタイプを実現するために、以下の3つの主要技術が開発されました。
異種材料接合技術と薄層化技術
スズをイオン注入した高品質ダイヤモンド基板と、アルミナ・酸化膜付きシリコン基板を接合する異種材料接合技術が開発されました。さらに、数百マイクロメートルの厚みを持つ硬いダイヤモンドを、量子コンピューティングチップに適した数百ナノメートルまで薄層化する技術も確立されています。
SnVセンター向けフォトニクス集積回路作製技術
SnVセンターから放出される単一の光子を効率的に取り出すため、SnVセンターを含むナノメートルサイズのダイヤモンド結晶と、可視光領域で透明なアルミナの光導波路を集積したフォトニクス集積回路が作製されました。この技術開発には、国立大学法人東京大学との共同研究成果が活用されています。
ダイヤモンドスピン方式向け量子回路変換・量子ビット制御技術
ダイヤモンドスピン方式では、光・マイクロ波・RF波を組み合わせて量子ビットを制御するため、超伝導方式とは異なる制御が必要です。富士通は、量子ゲートで記述された量子回路をダイヤモンドスピン方式向けの制御命令に変換する機構を開発し、「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」からの制御を可能にしました。
将来の展望
富士通は、今回開発された高輝度SnVセンターを集積する技術をさらに発展させ、2027年を目標に複数量子モジュールから成るダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプ開発に取り組む計画です。加えて、超伝導方式との接続技術の開発も推進し、両方式を組み合わせることで大規模な誤り耐性量子コンピュータの実現を目指しています。
富士通の執行役員副社長CTO、システムプラットフォーム担当であるヴィヴェック マハジャン氏は、このダイヤモンドスピン方式が超伝導方式量子コンピュータと接続されることで、さらに性能が拡張され、より複雑で大規模な量子計算が可能になる可能性を秘めているとコメントしています。同社は2030年度に250論理量子ビット、2035年度に1,000論理量子ビット機を実現するというロードマップのもと、実用的な量子計算の実現に向けた取り組みを続けていくとのことです。
デルフト工科大学 QuTechのジェネラルディレクター、Dr. Kees Eijkel氏も、今回のプロトタイプ開発が2020年からの共同研究における重要なマイルストーンであると述べ、富士通との連携を深めながら、次世代技術開発をリードしていく意向を示しています。

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