展覧会のコンセプト:現代美術を工芸的視点から再解釈する
この展覧会の大きな特徴は、国際的な文脈の中で日本の作家たちの実践を提示し、その中に通底する「工芸的な感性や態度」を浮き彫りにすることで、美術と工芸の分断構造を解消しようとしている点です。これまで断片的に紹介されてきた日本の制作文化を、素材・身体・時間の関係として立体的に捉え直し、その全体像を共有する試みが行われています。
本展で提示される「工芸的な態度」は、単なるジャンルの横断にとどまらず、現代美術そのものの前提に対する批判として機能します。近代以降の現代美術が、形式の革新や作家の自律性といった価値を重視する一方で、身体的経験や物質との持続的関係、時間の蓄積といった要素を周縁化してきたことに対し、本展はそうした近代主義的枠組みを内側から揺さぶります。
作品は、完成されたオブジェクトとしてではなく、身体と物質の関係が生成し続けるプロセスとして捉え直され、現代美術を支えてきた流通、可視性、即時的理解といった価値体系に対しても批判的に応答します。消費されるイメージとしてではなく、時間をかけた鑑賞者の関与を要求する作品群は、速度や効率を前提とする現代社会に対し、蓄積や身体的関与に基づく芸術の可能性を示し、「現代美術」という枠組み自体を問い直す契機となるでしょう。
キュレーター秋元雄史氏の視点

本展のキュレーターである秋元雄史氏は、展覧会について次のように述べています。
「本展は、情報と消費が加速度的に拡大する現代社会において、『つくること』という行為に内在する、もう一つの時間感覚と身体的な知覚を回復しようとする試みです。ここで扱われるものは、『工芸的アプローチ』あるいは『工芸的感性』と言い換えることができるでしょう。工芸を一つのジャンルとして位置づけるのではなく、あえて工芸的な態度を批評的なレンズとして用い、現代美術そのものを読み替え、再解釈することを目指しています。」
国内外で活躍する10名の日本人アーティストの多様な実践を通して、物質との深い関与、身体に根ざした知、そして身振りの緩やかな蓄積に基づく、現代美術の新たな理解が提示されます。
出展アーティストと「エスノグラフィー」の視点
本展に参加するアーティストは、沖潤子、川井雄仁、桑田卓郎、コムロタカヒロ、シゲ・フジシロ、舘鼻則孝、中田真裕、三嶋りつ惠、牟田陽日、綿結の10名(五十音順)です。彼らはそれぞれ異なる素材と方法を用いながら、「身体と物質の関係をいかに制作の中で統制し、あるいは委ねるか」という問いに向き合っています。
展覧会タイトルにある「エスノグラフィー(民族誌)」は、作家個人の表現を記述するだけでなく、身体を通して物質と関わる中で立ち現れる知覚や技術、時間の蓄積を読み解く視点を含んでいます。ここでの制作は、単なる個人の創作行為にとどまらず、反復や継承、共同性の中で培われてきた知の体系とも接続しているとされています。
工芸的アプローチの特質は、個人の独創性を超えて、長い時間をかけて共有されてきた技術や身体感覚、さらには集団的な知恵の蓄積に依拠している点にあります。素材の扱い方や制作のリズム、身体の使い方は、個々の作家に固有であると同時に、歴史的・社会的に共有されてきた実践の延長でもあるのです。10名の作家の仕事は、このような多層的な関係の中で立ち上がる制作のあり方を具体的に示しています。
展覧会の見どころ:コンセプトと作品
本展『身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ』では、情報と消費が瞬時に循環する現代において、「つくること」に宿るもう一つの時間感覚と身体的知覚に光を当てた作品が展示されます。素材に向き合い、手を動かし、時間をかけて制作を行う作家たちの実践を、文化的・社会的な営みとして読み解く視点である「エスノグラフィー」をコンセプトに、出品作家たちは陶、ガラス、漆、繊維、刺繍、木彫といった多様な素材を扱いながら、それぞれ異なる「遅さ」や「深さ」を作品に刻み込んでいます。
出展アーティストの作品例
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沖 潤子:刺繍という反復的な手仕事を通して、布に生活の時間と身体の記憶を縫い込む作品。パラッツォ2階の居間だった空間に展示され、自然光や鏡、シャンデリアと呼応します。

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川井雄仁:陶を欲望や虚構、アイデンティティの揺らぎを投影する媒体として用い、過剰な色彩と量感を伴う造形を展開。土と重力、身体のバランスの関係を通じて形が生まれる瞬間の緊張を定着させます。

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桑田卓郎:陶芸における伝統的技法や形式を意図的に過剰化し、器と彫刻、日常と非日常の境界を攪拌します。貫入、石はぜ、釉薬の流動や破裂といった、通常は欠点とみなされがちな現象を積極的に引き受けることで、完成と崩壊が同時に立ち現れる造形を生み出します。

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コムロタカヒロ:ソフビ玩具やSF的イメージ、アメリカンコミックスといった視覚文化を起点に、木彫彫刻と量産フィギュアを横断する独自の彫刻表現を展開。グランドフロアの入口空間に高低差のある足場が組まれ、鑑賞者は身体的な移動を通して作品と出会います。

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シゲ・フジシロ:ガラスビーズと安全ピンという歴史をもつ素材を用い、膨大な手作業の集積によって日常の風景を幻想的に変容させます。パラッツォの2階に残る居住空間を舞台に、運河に面した窓からの自然光やシャンデリアと呼応する作品が配置されます。

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舘鼻則孝:「装うこと」を身体の外観的な装飾ではなく、社会的役割や儀礼、価値観を身体に刻み込む行為として捉え、日本の伝統文化を現代的に再構築。代表的な《Heel-less Shoes》を江戸組紐の技法で制作し、パラッツォの2階に展示します。

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中田真裕:蒟醤(きんま)を中心とする伝統的な漆技法を出発点に、漆を時間や記憶の揺らぎを受け止める現代的なメディウムとして再定義。数十層に及ぶ漆の塗り重ねと研ぎによって生まれる色層は、内部に蓄積された時間そのものを可視化します。

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三嶋りつ惠:ガラス産業の中心地ムラーノ島の熟練職人との協働を通じ、無色透明のガラスのみを用いた彫刻作品を制作。ヴェネツィアにおけるガラスの歴史的文脈を現代に引き寄せ、光そのものを彫刻化し空間と一体化する作品を提示します。

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牟田陽日:九谷焼に学んだ色絵の技法を基盤に、日本文化において周縁化されてきた女性像や自然観を陶磁器を通して再解釈。近年の制作では、母性と暴力、祝福と恐怖といった相反する要素を内包する「山姥」が重要な主題となっています。

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綿 結:糸を撚り、染め、織るという原初的な工程から制作を始め、布の内部構造や重力そのものを立体として立ち上げます。天井高のあるグランドフロアに作品が広がり、鑑賞者は空間に展開する作品を仰ぎ見る体験へと導かれます。

これらの作品は「すぐに理解される意味」を提示するのではなく、鑑賞者に時間をかけた関与を求めます。歩き、立ち止まり、視点を変えながら素材と向き合う体験を通して、鑑賞者自身の身体もまた、この小さなエスノグラフィーの一部となるでしょう。
その他の展示風景









開催概要
基本情報
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展覧会タイトル|身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ
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会期|2026年5月9日(土)‒11月22日(日)(休場日:火曜)
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時間|11:00-19:00(5月9日‒9月30日)、10:00-18:00(10月1日‒11月22日)
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会場|パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナ ヴェネチア市カンナレージョ地区6104(イタリア)
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入場|無料
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プレビュー|2026年5月6日(水)-5月8日(金)11:00-19:00
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プレスプレビュー|2026年5月7日(木)10:00-11:00
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オープニングレセプション|2026年5月7日(木)17:00-19:00
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キュレーター|秋元雄史(GO FOR KOGEI アーティスティックディレクター)
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アーティスト|沖 潤子、川井雄仁、桑田卓郎、コムロタカヒロ、シゲ・フジシロ、舘鼻則孝、中田真裕、三嶋りつ惠、牟田陽日、綿 結(五十音順)
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主催|認定NPO法人趣都金澤
- 認定NPO法人趣都金澤は、ものづくりが古くから受け継がれる北陸から2020年より毎年、ジャンルにとらわれない新たな⼯芸の⾒⽅を発信するプロジェクト「GO FOR KOGEI」を継続しています。詳細はこちらをご覧ください:https://goforkogei.com/
助成・協賛・協力
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助成|クリエイター支援基金
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特別協賛|株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ、未来トラスト株式会社
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協賛|一般財団法人 川村文化芸術振興財団、JAKUETS、株式会社Sentio、林悦子、株式会社Pasand
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協力|トヨタ・コニック株式会社、横江優希






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